2003年度 地理部会発表要旨

1.米国ナショナル・スタンダードをモデルとした入門期の地図指導-大学生による地理紙芝居の作成-

日本女子大学 田部 俊充

 1994年に出版された『地理ナショナル・スタンダード』は,B5版272頁で,全体にカラー写真が多用されており,ビジュアル的にも優れたものである。地理の本質を,(1)空間的認識,(2)場所と地域,(3)自然的システム,(4)循環と社会,(5)環境と社会,(6)地理的認識の効用,の6つの要素に分類し,下位概念として18のスタンダードが設定されている。18のスタンダードは,幼稚園-第4学年,第5-8学年,第9-12学年,の3段階ごとに作成されている。18スタンダードの内容の重要な部分は,具体的実践例であり,認識目標及び技能目標が示されている。本報告で紹介するのは、「スタンダード1:空間的認識」の幼稚園から第4学年の具体的実践例をモデルとした入門期の地図指導の提案であり,大学学部2年生を対象とした「幼児環境教育論」で実施した。文学作品には,地域の風土を反映したものが少なくない。これを入門期における地理教材として活用する方策を考えた。

2.米国ナショナル・スタンダードの実践例としてのARGUS教材―ジオグラフィカル・スキルの習得をめざすアクティビティに焦点を当てて-

広島大学附属福山高等学校 和田 文雄

 ARGUSは,1980年代から90年代初頭にかけての米国政府主導による教育改革の基本理念を具現化したものであり,高等学校地理教育において地理的技能を広義の学習技能として体系化した全国統一の地理カリキュラム指針である「地理ナショナルスタンダード」を全面的に採用した具体的成果である。ARGUSは,(1)地理的な観察眼の育成、(2)地図技能の育成、(3)空間的な見方の育成を目的としている。ARGUSの中心的教材であるアクティビティは,生徒の主体的な探求学習を採用しており,広義の地理学習技能の習得,すなわち,概念的知識の習得もしくは合理的な意思決定能力の育成をめざしている。この教材は,地理学習を5つの中核的な地理的技能の順に展開する探求の過程としている。その指導方法は,クラスの状況や生徒の能力差に対応しており,生徒の興味や関心に応える形での「発展学習」としてさらに展開させることも意図している。

3.英国ナショナル・カリキュラム(2000年版)開発とジオグラフィカル・スキル

上越教育大学 志村 喬

 英国ナショナル・カリキュラムは初版である1991年が,1995年版,2000年版へと改訂されるなかで,スキルの位置づけが変化した。初版においてもスキルは,知識・理解とならぶカリキュラム編成の柱であったが,独立的な扱いであるとともに地図等の活用に焦点があてられる傾向があった。一方,1995年改訂を経て開発された2000年版におけるスキルは,知識・理解と結びつくとともに価値・態度的側面も含意するようになり,カリキュラムの核となっている地理的探究の過程で重要な役割を担うようになっている。本発表では,英国ナショナル・カリキュラムにおけるスキルの位置づけの変遷とその要因を英国地理教育の潮流から明らかにするとともに,実践レベルにおけるジオグラフィカル・スキルの扱いを探りたい。

4.高等学校地理における問題解決学習の日米比較

広島大学国際協力研究科 平川 幸子

広島大学附属福山高等学校 和田 文雄

広島大学附属高等学校 湯浅 清治

広島大学附属高等学校 高田 準一郎

広島県立安芸府中高等学校 永田 成文 

広島大学国際協力研究科 ヌ・ヌ・ウェイ

 広島大学大学院国際協力研究科は、平成13年度・14年度に科学研究費補助金を受け、広島大学附属中・高等学校等の日本の高等学校及びアメリカの高等学校と協力して高等学校地理における問題解決学習に関する研究を行った。この研究では、問題解決学習を通じて育成する生徒の能力を、米国ナショナル・スタンダードの5つの地理的技能(ジオグラフィカル・スキル)とし、日米でそれぞれ開発した教材を双方の学校で実践することによってその有効性や日米の教員と生徒の特徴を明らかにした。 この発表では、アメリカの方法を参考に日本で開発した生徒の地理的技能を評価するための評価表(Assessment Rubrics)を日本の高等学校において用いた事例と、日本で開発した問題解決学習の教材を日米で実践した事例を紹介し、今後の地理的技能の指導と評価への参考に資する。

5.地理学、地理教育と地理的技能

駒澤大学文学部 中村 和郎

 地理(学)と地理教育では、日常生活に必要な地理的技能から地球規模の問題解決に必要な地理的技能を育成することが目標となる。地理的技能を広義に解釈した時には、(1)発問の技能、(2)情報収集の技能、(3)分析の技能、(4)問題解決に応用する技能、(5)情報発信の技能などに分けられよう。地理的な発間の技能とは、どんな場合にも「どこ」(location)と「どんなところ」(place)に加えて、「なぜ」という疑問をもつ習慣をつけることである。地理的な情報収集の技能では、現地観察技能を重視し、点よりも線・面的な情報収集の技能を培いたい。分析の技能には、垂直的関係・水平的関連の分析、時間的分析とともに、人々の考え方に対する配慮もゆるがせにはできない。そのことが問題解決にあたっても必要になるからである。

6.英国の地理的技能とICTの活用

広島大学国際協力研究科・院生 三次 友紀子

 英国の地理教育においては、地理的探究過程において必要とされる技能の育成が重視されている。このような過程を通して育成された技能は、地球規模の問題を解決していくために必要な技能、並びに持続可能な開発を考える上で必要な技能として位置づけられている。また、英国では、近年、とりわけ、地理的探究過程においてICTを活用しながら技能を育成する学習方法が増えてきている。その理由としては、主に次のような点があげられている。(1)地理的探究過程における調査のプロセスを効率よく行う方法が学習可能となる。(2)従来までのツールでは分析不可能であったものが分析可能となったことにより、従来とは異なる見方や考え方が可能であること。本報告においては、以上の点を踏まえた上で、英国における地理的技能とICT活用の関係ならびに有効性について報告する。なお、事例としては、英国のナショナル・カリキュラム並びに、それに準じた学習指導案(A scheme of work)を主に用いる。

7.開発教育と技能

広島大学国際協力研究科 熊野 敬子

 開発教育は、途上国の窮状を知るだけでなく、それを生み出す社会構造や社会の歪みをどのように変革させるかを問う教育である。そのためには学習者の主体的な参加を促すことを最も重視し、その学習方法として、アクティビティを用いたグループワークによる問題解決的な学習を設定している。 その主体的な学習を可能にするための技能としては、第一に、学びの共同体となる学習者集団の良好な関係性をつくるために不可欠なコミュニケーション技能(話を聴く、伝達する、対話するなど)、第二に、情報収集の技能、第三に、現象を分析したり、グループでの合意形成をはかったり、具体策を発想したりするなどの思考技能の習得が期待される。特に第三の思考技能を習得させるためには、アクティビティに使われる手法を、体験するだけでなく、学習者自らが分析するツールとして使いこなせるプロセスも用意することが必要となる。