2005年度 東洋史部会発表要旨

1.一九三○年代在ジャワ日本人の商業活動に関する一考察-スマラン加藤商店を事例として-

広島大学 泉川 普

 一九三○年代初頭、蘭領東インドにおいて日本製品の需要が高まり、対日輸入額は総輸入額の三割に至った。従来の研究、特に「アジア間貿易」論では、日本製品は「華人ネットワーク」を通じて現地社会へ浸透したと論じられてきた。他方、Peter Post氏はこの時期ジャワでは日本人商店が急増し、日本製品の流通に直接関与するようになり、日本人ネットワークが華人の商業上のシェアを侵害するようになったとする。両者とも「ネットワーク」概念を用いて考察を行っているものの、日本製品の流通経路やその担い手の活動について具体的に考察しているとは言い難く、この点を検討せずに「ネットワーク」の実態を解明することはできない。そこで、本報告ではオランダ側史料とともに一九一○年代よりスマランで商店を経営していた日本人の日記を用い、日本人の商業活動の実態と取引関係を中心に検討し、ジャワにおける商品流通構造の一端を考察することとする。

2.オランダ植民地期、インドネシア人企業家の展開

和歌山工業高等専門学校 赤崎 雄一

 オランダ植民地期から現代に至るまで、「バテック」といわれるろうけつ染め、「クレテック」といわれる丁字入りたばこはインドネシアの国民的産業として知られている。両者とも、現代では華人企業家が市場で優位にあるが、オランダ植民地期にはインドネシア人企業家も華人との激しい競争を繰り広げる中で成長してきた。特に丁字入りたばこ産業においては、一九世紀後半、インドネシア人商人によって市場が開拓され、一九二○年代にはジャワだけではなく、外領へも移出されるほどの産業に成長した。ただし、二○年代末、三○年代になると、原料価格の上昇、華人企業・欧米企業の成長、世界恐慌、たばこ税の導入、事業制限令などに直面し、中小の企業家は大きな危機を迎える。しかし、この危機にも、規模は縮小するものの、機械化された華人企業・欧米企業に市場を席巻されることなく、伝統的雇用体制でインドネシア人企業は危機を乗り越えようとする。

3.明代嘉靖以降の旗纛廟

別府大学 山本 さくら

 以前報告者は、明極初において旗纛廟は国家祭祀に加えられたことを明かにした。以降の旗纛廟はあまり注目されず、祭祀は国家の服務規程として継続されたに過ぎないと考えていた。昨年、河北省三屯営の「創建旗纛廟碑」を訪れ、あらためて明代の旗纛廟祭祀を確認することができた。「創建旗纛廟碑」は隆慶六(一五七二)年のもので、何故この時期に旗纛廟が創建されたのか、地方の旗纛廟の傾向についても考察したい。 

4.北宋中期における地域防衛システムに関する一考察

大阪市立大学 穴沢 彰子

 唐末・五代十国時代の地域社会に勃興した自衛集団は、武器や賑恤のネットワークを背景に強固な自立性を保持していた。 九六〇年に成立した北宋王朝はこの自衛集団の自立性を解体しつつも、この人間関係を利用し、地域の治安維持を職役制によって編成し、地域社会からの耆長と弓手を中心に、その上部には県尉を置いて統括させるシステムを国家主導で作り上げることに成功したのであった。今回の発表では、この耆長-弓手を中核としたシステムが北宋中期以降、職役制の弛緩のため機能不全に陥り、かつ西北方面を中心に軍隊化して変質した過程の中で、実際には地域の治安維持はどのような形で担われていたのかについて考える。主として小説史料・石刻史料を中心史料とし、黄寛重氏が研究されている南宋時代の地域の武力などと比較ながら、地域社会の構造変化のなかでの自衛行動と、その背景にある人間関係や心性などを考察する。

5.福建省におけるJ.R.ウォルフの初期伝道に関する伝記的研究

広島大学 Martin Stephen Ward

 中国プロテスタント伝道史研究において、近年では特定の地域や宣教師を対象とする研究が少しずつ見られるようになった。しかし、二〇世紀の半ばまでの中国で、六千人もの人びとが活躍したプロテスタントについて言えば、重要な役割を果たした宣教師が研究対象となることは、非常に稀だといわざるを得ない。その数少ない宣教師のなかでも、英国国教会伝道協会(CMS)のジョン・リチャード・ウォルフ(John Richard Wolfe, 一八三一-一九一五)という宣教師は、先行研究で多くの面から批判されてきた。しかし詳細に検討すれば、ウォルフに関するさらなる研究の価値と必要性が示唆されてきたともいえよう。 本報告は中国福建省で活躍していたウォルフの活動を事例として取り上げ、その初期伝道期に関する伝記的研究を行なう。そこではこの宣教師が用いた伝道方法とその抱えた問題、そして伝道方法の変化の過程や、変化の過程で起こした混乱について検討する。

6.近代中国手工業の展開論理 -土布業を中心に- 

広島大学 張 楓 

 近代中国の工業化と経済発展については、世界における中国経済史研究者の間においては、現在、ほぼ共通の認識が形成されてきている。こうしたなかで、近代中国経済の発展過程における手工業と近代工業の分業・協調の側面を重視して、工業化過程を支える手工業の役割を積極的に評価する研究が急速に進められるようになりつつある。このように、近代中国経済に手工業が広範に含まれていたことが共通の理解となりつつあるなかで、中国手工業がどのような展開の論理を有していたのかを改めて問う必要もあろう。本報告では、こうした問題意識から出発して、近代中国手工業の展開論理の一側面を、中国の基幹産業であるとともに農民の重要な副業でもある土布業(在来綿織物業)を事例に見出すことを試みたい。なお、考察にあたって、広大な国土をもつ中国の地域的多様性を重視したい。

7.張作霖奉天省政府による在地支配施策の展開と実態

日本大学 松重 充浩

 中華民国成立から一九二○年代末に至る中国政治史研究の主要な検討課題の一つである国家統合の実態解明に対しては、主に中央政府の諸政策を軸に検討と成果が蓄積され、中央政府による国家統合の様々な可能性と限界性が実証的に明らかにされつつある。しかし、その一方で、当該期中国政治における〈中央-地方〉構造と実態の解明に不可欠な、地方政府の実態解明に関する追究は、前述した中央政府に対する研究に比して大きく遅れているのが現状であると言わざるを得ない。本報告では、上述した研究上の空白を埋める作業の一階梯として、中国東北地域支配を展開した張作霖地方政府(一九一六-二八年)を対象に、同地方政府の在地統治政策の内容を在地社会における権力の社会基盤との関連をふまえて追究する。