シンポジウム趣意書 「近代東アジアにおける外来と在来をめぐって」 |
昨年9月のリーマンショック以来、100年に1度とも言われる世界同時不況に陥り、世界各地において倒産・解雇・深刻な生活破壊が進行していることは今さらいうまでもない。経済のグローバル化が進み斯くまで世界各地が緊密に結びついているということを、改めて我々の眼前に示したといえよう。ただし、これほどまでにグローバル化が進み世界が緊密に結びついた現代でも、経済不況のありようがもたらす社会的な影響は、国・地域によって当然ながら一様ではないのである。
本シンポジウムでは、1世紀前のグローバル化のなかで、東アジア各地域のグローバル化の動きと在地社会のそれぞれのありようを、「外来と在来」をキーワードにして検討していこうとするものである。
もともと「外来と在来」という概念は、もっぱら近代日本の技術史分野でしばしば用いられてきたものである。かつてウェスタンインパクトという考え方が強くあり、在来技術のポテンシャリティにはあまり注目が集まらなかったが、最近では日本の在来的要素・ポテンシャリティを高く評価する傾向にある。いわば西洋からの外来技術を受容するにしても、在来の技術力がその土台・基盤となって定着するという側面について関心が高まってきているのである。
これは1980年代以来の日本経済史研究の成果と関連した理解であるともいえる。中村隆英らの「在来産業」論から近年の谷本雅之「在来的経済発展」論にいたる研究成果は、日本の産業化・工業化において問屋制家内工業形態による在来産業がその土台において重要な役割を果たしたのではないか…とする理解を生み出してきたといえる。すなわち従来の発展段階論的な理解ではとうてい考えられない歴史像を提示してきたのである。
また川勝平太『日本文明と近代西洋』(NHKブックス、1991年)において示された「文化物産複合」論以来、それぞれの地域・国の伝統性・文化性に即した多様な発展のあり方とグローバル化とを結びつけて議論すべき段階にきていると考えられる。
こうしたなかで注目されるのが、中村哲グループによる東アジア社会の資本主義化をめぐる十数年におよぶ研究成果の蓄積である。ことに、その根底にある16~17世紀以来の小農社会の定置が資本主義化の基盤となっているのではないか…という仮説的見通しはきわめて刺激的であるといえよう。飯沼二郎・農業地帯区分論を援用しつつ、ヨーロッパとは異なる農業生産力発展のしかたを見せた東アジアの小農社会のあり方が各地域の資本主義化にそれぞれ一定の影響を与えているという見通しは、谷本雅之氏の小農家族経営を基本単位とする「在来的経済発展」論と符合する点も存するといえよう。
こうした議論をふまえるならば、東アジアを舞台にして、資本主義化・グローバル化のなかで、それぞれの社会の伝統的・在来的要素が新しい動き(外来的要素)とどう絡み合いながら変容・残存していくのか…について、それぞれの社会のありように即して明らかにしていくことが必要ではないかと考える。
ヨーロッパにおいては独立小農民を中心とする村落共同体を解体しつつ資本主義化が進展していったが、東アジアにおいては単婚小家族を単位に複合経営を行う(したがって経営規模もヨーロッパに比してきわめて小さく、ほとんどが2ha未満の)小農社会を基盤にしながら資本主義化が展開していった。このため、村落の共同体など在地社会が持つ伝統性を保持・変容させつつ、資本主義化・グローバル化に対応していった。
ただし東アジアといっても、その内部は一様ではない。これまで東アジア内の差といえば、もっぱら植民地論の観点から関心が向けられていたが、村落など在地社会の差に注意を向けることはあまり多くはなかったといえよう。確かに植民地化によってグローバル化への対応を余儀なくさせる面は大きいし、また「近代化政策」のような国家による権力的再編の問題も無視することはできない。「外来」はしばしば植民地政策あるいは政策と結びついて、在来の社会に流入してくる。ただ植民地化あるいは国家の政策がそのまま在地社会に浸透するわけではない。
近年の研究においてもこうした点は意識されつつあるが、我々は最もミクロな在地社会である自然村レベルでの伝統性・文化性(在来)の観点を念頭に置きつつ、東アジア社会を比較的に検討していこうとするものである。そこから、それぞれの社会が持つエネルギーやバイタリティの源泉が見えてくるのではないか…と考えるからである。
本シンポジウムでは、まず日本史から徳永光俊氏が「東アジア農法における変革と持続-在地・外来・在来-」と題して、奈良盆地の農法変革を素材に在地社会の対応のあり方について報告する。つぎに琉球史の視角から真栄平房昭氏が「台湾航路と沖縄-近代海運史の視点から-」という題で、日台航路開設の影響と琉球の在地社会の対応について報告を行う。さらに中国史では戴安鋼氏が「江南社会の“外来”と“在来”」と題して、上海の都市化に伴って近代的に再編されていく江南地域において、幇・儒商など新たな形で伝統性・文化性が姿を現す様について報告する。最後に朝鮮総督府による農村開発政策を伝統的な在地社会との関連において論ずる朴ソプ氏の「韓国近代の農村開発と村落の共同性」と題する報告を行う。
|